美容系企業を経て、念願の
ウェディングプランナーに
専門学校卒業後、一旦は美容系の企業に就職。その後、12月に専門式場が岩手県に進出してきたことをきっかけに転職。念願のウェディングプランナーとしてのスタートを切る。はじめは、ドレスのフィッターやコーディネーターとして、衣装合わせやお客様のスタイリングを担当。専門学校でブライダルの基礎知識は学んでいたものの、覚えることや気を配るべきことが山ほどあり現場での仕事は想像以上に大変だった。会社は大手企業だったため店舗間の異動も多く、広島、福岡、大阪など、様々な地域での勤務を経験する。

2009
2020
2020年頃から本格的にフリーランスとしての活動を開始し、現在に至る。今では、お客様や「遠藤さんにお願いして良かった」、ゲストから「結婚式を挙げたいと思った」といった言葉を貰えるようになる。会社員時代にはできなかった、お客様の理想とするウェディングを、自分が培ってきた知識や感性を活かして自由にプ ロデュースできることに、大きな喜びを感じている。
より自由に、理想の結婚式を
プロデュースできるように

2009

2006
ウェディングプランナーを
目指しブライダルの専門学校へ
留学で海外文化に触れたことで視野が広がり、自分の本当にやりたいこと、そして自分らしい生き方について考えるきっかけができた。体育教師という将来を捨て、ウェディングプランナーを目指すことを決める。それまで家族の意向を汲むことが多かったなかで、初めて自分の意思で人生の舵を切った経験だった。ウェディングプランナーの資格取得を目指し、高校卒業後、ブライダル系の専門学校に進学する。

結婚、出産を経て
フリーランスとして再出発
結婚・出産を経て、一度はウェディング業界から離れるも、3人の子育てをしながらオンラインのプランナースクール等で学び、フリーランスとして再出発。会社員時代とは違い、全てを自分で行う必要があり、特に集客に苦戦する。当初はSNSの活用方法やマーケティングの知識も乏しく、なかなか成果に繋がらなかった。毎日地道にブログを100件書き、SEO対策を行うなど、試行錯誤しながら集客に取り組んだ結果、徐々に問い合わせが増えてきた。

2018
2008
就職氷河期と言われるなか、
焦りと不安を感じる
当時のブライダル業界は就職氷河期と言われていて、希望の就職先を見つけるのは容易でなかった。特に、ホテルウェディングではなく、専門式場での勤務を希望していたため、選択肢が限られてしまっていた。岩手県内には当時、専門式場がほとんどなかったため、関東や関西圏での就職も視野に入れ、情報収集や企業研究に励んだが、なかなか思うように就職活動が進まず、焦りや不安を感じ始める。

専門学校で
幅広い知識やスキルを学ぶ
専門学校では、結婚式のプランニング、衣装やドレスのフィッティング、会場装飾、接客マナーなど、実践的な内容から、ホテル業界の知識も深めブライダル業界全体の動向やトレンドについてなど幅広い知識やスキルを学ぶ。就活の時期が来ると、何とか内定をもらうため就職活動に奔走する。
2007

2003
高校で3ヶ月間アメリカへ留学。貴重な体験をする
家族の助言から、将来体育教師になることを視野に、体育コースのある高校に進学。小学校から続けてきたバスケ部に所属し、スポーツに打ち込んでいた。卒業後の進路を決める頃「本当に体育の先生なりたいのかな、私」と悩み始める。そんな中、3ヶ月間アメリカに留学することになり、ホームステイをしながら現地の高校に通い、異文化に触れる貴重な経験をする。

小学生からスポーツに打ち込み、自分に自信をもつ
小中学校では、水泳、陸上、習字、ピアノ、スキー、バスケなど、多様なスポーツや習い事に挑戦。特に小学校3年生から始めたバスケに熱中し、6年生までスポーツ少年団に所属。バスケを通して活発になり、自分に自信がつき性格も明るくなった。中学でも陸上部とバスケ部に所属し、スポーツに打ち込む。この頃も、幼少期からのファッションへの興味は変わらず、制服やジャージの着こなしにもこだわりを持つようになる。

1994
1987
内向的で
引っ込み思案だった幼少期
岩手県に生まれる。出生時は体重3700gと大きく、ひな祭りに生まれたことから、周りの人には誕生日を覚えてもらいやすかった。幼い頃はぽっちゃりしていて、あまり活発なタイプではなく、内向的で引っ込み思案な性格だった。おままごとやリカちゃん人形遊びを通して、ファッションや「可愛くすること」への興味を持つようになる。

2018


Now
留学先で、ホストファミリーの結婚式に列席した際、テキパキと指示を出し、式全体をスムーズに進めていくウェディングプランナーの仕事ぶりに感銘を受ける。シンプルながらも洗練されたアメリカの結婚式のスタイル、細部にまでこだわった演出にも心を奪われた。そして、周りの目を気にせず愛を表現する新郎新婦や参列者たちの姿が、新鮮な驚きだった。この体験を通して、ウェディングプランナーという職業に強い憧れを抱くようになる。
ウェディングプランナーへの
憧れを抱くようになる
2005

2017
会社員としての制約に
ジレンマを感じ始める
プランナーとして働くなか、会社員としての制約で自分の理想とするウェディングをプロデュースできないことにジレンマを感じ、また、地方であるが故に新しい情報やトレンドを取り入れにくい環境にもどかしさを感じていた。留学中アメリカで体験した結婚式のような、お客様の想いを最大限に叶え、自分らしいウェディングをプロデュースするためには、会社という枠組みから飛び出す必要があると考え、結婚・出産を機に退職を決意し、フリーランスとして活動するための準備を始める。



